数年前、知人を介して知り合ったビデオグラファーに作品を見せてもらったことがある。
僕は映像制作に関しては素人だが、映像全体を通してシネマティックな雰囲気があって、率直によかった。
でも彼が言うには、正直、売上的には厳しいらしかった。
「営業はどんな感じでやってるんですか?」と尋ねると、彼は「営業はしていない」と答えた。
「自分の仕事はいい映像を作ることで、売ることではない。いい作品さえ作っていれば、仕事の方からやってくるはず。」ということだった。
その後どうなったかと言うと、その彼はビデオグラファーとしての活動をやめてしまった。
続けようにも、仕事が来なかったのだ。
分かる人にだけ分かればいい、は正解か?
クリエイティブ系の仕事をしている人の中には、「いいものを作っていれば売れる」とか「分かる人にだけ分かればいい」という考えの人が一定数いる。
そういう考えを聞くといつも思うのが、「いいもの」の基準て何だ? ということだ。
好き・嫌いなんて人それぞれだし、何の目的で作ったかによっても違ってくる。
多くの人に好かれているものが「いい」のかもしれないし、高価な値段がついているものが「いい」のかもしれない。
だから「いいもの」の基準なんて相対的で曖昧なものなんだけど、ひとつ言えることは「自分と感性の合う人」に「できるだけ多く」届くことが、クリエイターの誰もが目指すゴールなのではないかということだ。
だから「分かる人にだけ分かればいい」という人だって、その「分かる人」は一人でも多い方がいいはずなのだ。
そうでなければ、極論、自宅に引きこもって独りで楽しんでればいいんだから。
そうしないのは、自分の作品が誰かに届くことで、その誰かを幸せにできると信じているからじゃないのか。
なのに相手の方からよさに気づいて、歩み寄ってくれるのをじっと待っているのはなぜだ?
相手が探す労力を割いてまで、自分の作品を見つけてくれると信じられるのはなぜだ?
じわじわ減っていくお金を見つめながら、それでも動こうとしないのはなぜだ?
突き詰めれば、結局のところ、自分が否定されたり傷つくことが怖いのだ。
たしかに自分の作品を誰かに届けようとすれば、煙たがられたり邪険にされることはある。
でも待っていれば、よさに気づいた上で歩み寄ってくれるわけだから、そんな経験しなくて済む。
何のことはない、営業しないのは自分が傷つくのが怖いからだ。
営業を知らないことで生まれる弊害
クリエイターなんだから、営業なんてする暇があるなら制作をするべきだ!
そうすれば提供できる価値だってもっと大きくなる!
そんな風に思う人もいるかもしれない。
でも制作だけしていても、価値はどこかで頭打ちになる。
クリエイティブに限らず、サービス提供者はサービスの魅力や提供できるメリットを、自分の言葉で伝え、信用を得て、責任を果たし、その対価をもらう。
そしてクリエイターの顧客になってくれるのは、ビジネスの世界でそういうシビアなやり取りを日常的に繰り返している人たちだ。
自分の作品を届ける努力(=営業)をしないクリエイターは、この部分で顧客と、本当の意味で共鳴することが難しくなる。
営業活動を通し、リスクを背負った意思決定の場に身を置く。
そういう経験の中でしか得られないスキルや知識、マインドは確実にある。
それを身につけているクリエイターとそうでないクリエイターでは、顧客に提供できる価値に違いが出てくるのは当然ではないだろうか。
営業って売り込むことではない
とはいえ、ことクリエイターの営業に限って言えば、そこまで風当たりは強くない。
なぜなら自分の作品を売り込むのではなく、「〇〇の人」という認知さえ取りにいけばいいからだ。
カメラマンなら「写真の人」、Webデザイナーなら「ホームページの人」という具合に、自分を知ってくれている人を、地道にコツコツ増やしていきさえすればいい。
そういう人が増えるほど、どこかでニーズが発生したとき、相談してくれる確率はグンと上がる。
高度な営業テクニックを身につけて、買う気のない人に買ってもらう必要はない。
すぐに売上につながらなくても、自分のことを「〇〇の人」と認識してくれる人が増えていけば、気づいた頃には忙しくなっているはずだ。
営業はダサいことじゃない
クリエイターが営業を嫌う理由は、いくつもある。
- 売り込まないと売れない現実を突きつけられたくない
- 売り込むのは、なんかダサい/カッコ悪い
- 多くは語らずとも売れるクリエイター像に憧れがある
そのどれもが、突き詰めれば自分が傷つきたくないからだ。
プライドを守るために、自分の作品を好きになってくれる人との出会いを諦めるのか?
自分の作品が人の目にも触れずに朽ちていくのを、ただ黙って見ているのか?
どれだけ素晴らしい作品でも、誰かに届かなければ存在していないのと同じだ。
作品を生み出すクリエイターであるからこそ、売ることから逃げてはいけない。